過去に対する未練の本質

年をとって、時々若いころを懐かしいと思うことがある。

仲のよかった友人にまた会いたいと思う。

若かったころの友人は、永遠のいい思い出になるということはこういうことだと思う。

でも、なぜ大人になるといい友人ができないのだろうか。

それは、人は常に利益関係で生きているからだと思う。

小さいころだって、限られた空間のなかで、仕方がなくて仲間となり、幼い感情と知能で、その関係をおもしろおかしく、分け隔てのない関係を築いてきた。

でもよく考えれば、その関係だって、本当に利益関係で、もしオープンな空間に移され、自分にとってさらに利益のある友人グループを見つければ、本能のままにさっさともとの友情を捨ててしまうだろう。

子供が大人と違って、環境しだいで外国語をマスターしてしまうのと同じに、子供は利益関係をも分け隔てのない本物の友情関係に演じてしまう。

だから、子供のときの友人は貴重だと感じられる。

でも、それは夢だけでいいと思う。

かつての友人は今はもう敵でしかない。

生きることは闘い。

毎日仮面をつけ、暖かい人間関係を装って、自分の利益を分けてもらう。

そう考えると、過去に未練を感じなくなる。

人はみな一人で生きているということを、日々噛み締めなくてはならない。

2015年日本映画『ボクは坊さん。』

eiga.com

実家が寺を経営していて、どうやってその継承者を出すのかの過程を見ていると、いろいろ考えさせられることがあり、結構面白く見れた。

日本のお寺はある種の商売になっていて、その商売を継承するのも、ももちろん自分の子供である。

だから、その子供がもしお寺業務にあまり興味がなければ、どうしよう。

会社だったら、とりあえず研修したりして、経験をつませるだろう。

でも、聖なる職務は会社みたいに経験があれば勤まるのだろうか?

日本以外の国では、たぶんこういうシステムを持つ寺はないと思う。

寺を経営するものは、成人して、仏教に興味を持ち出家したものに任せるだろう。

それでもやはりわたしとしては疑問が残る。

社会の苦しさにもまれた経験がないものが、坊さんなど務まるのかな。

そういえば最近、尼が騒音問題で隣人を殺してた事件があった。

ああいうのって、肩書きだけだと思う。

いろいろ見てきてやはり思うこと、どんな仏教でも、やはり宗教であり、かつて純粋なる精神も、やがては人によって汚染され、物質化させられるものである。

日本では、宗教は商売になってしまったけど、それが悪いとは言わない。

坊主という名前とは別に、コミュニティのリーダーになればそれはそれで立派な役割だと思う。

でも、そうしたらきっと宗教など消えてしまう。

残るのは形骸化された宗教という名の団体的なもの。

本当に宗教を学びたい人はいるけれど、本当の宗教は利益関係で迫害され、存在さえもできない。

結局宗教はたぶん個人の心の中に存在するものかな。

2014年アメリカ映画『しあわせへのまわり道』

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運転を勉強することで、結婚生活や人生のいろいろなことを再確認というか、補充していく話。

最後にあのシーク教徒の教官といい感じだったんだけど、やっぱり難しかったのかな。

シーク教徒とかイスラム教徒とか、結婚を助け合いみたいに考えてるけど、それでいいのかな。

でもきっと、その土地の男たちと女たちの生き方もそれぞれ関係して、うまくいくのかな。

男女の関係が密接な社会だと、ここまで簡単に結婚できないと思う。

 

2015年アメリカ映画『Anomalisa 』

3年がかりで作った大人のためのアニメーション映画。

不倫だけど、本当に古臭い技でせめてた。

ベッドシーンの次の日に、奥さんと離婚し、知りも知らない女性と一緒になりたいと告げる。

そこで虚構をさらけ出したのか、あるいは精神的におかしい設定なのだろうか、家族など存在しないなど言ってしまう。

不気味な映画だった。

アメリカと日本の算数の違い?

私は主にカーンアカデミーのビデオを見て数学を勉強しているが、まだ今の段階で小学生の算数の半分まで勉強していないようだ。

小学校の算数は難しくなかったので、復習するつもりはなかったけど、カーンアカデミーを勉強してみると、どうやら日本の数学とちょっと違うと気づいた。

それで、アメリカの算数を勉強しないと数学に進めないと思い、復習している。

気づいたのは、日本の小学校には指数計算がなかったと思うけど、アメリカはあったようだ。

算数の問題の出し方も、日本はただ問題がでて解きなさいというけど、アメリカでは正しい問題はどれですかと、問題をいくつか用意し、自分で問題を作らせる、そうすると、アメリカでは子供が自分で数式を作る能力が養われる。

もしかして、今の日本もそういう出し方なのかな。

昔はただ算数を解けばよかった。なぜそうなのかわからなくてもよかった。ただ公式を暗記して解く。

今の子供は幸せだと思う。自分で頭を使う能力が養われる。

指数計算も小学校から取り入れると、日常生活で大きな数字に出会ったとき簡単に計算できる。

日本では指数計算とか言わなかったと思う。

何乗とかいってた、それでその結果どう応用できるのかなんて知らなかった。