「ユングとチベット仏教の29の悟り」の紹介

原作は、The Wisdom of Imperfection、中国語版は、「榮格與密宗的29個覺」。

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  この本は、日本で出版されていない。中国語の書名を見ればわかるだろうが、ユングとチベット仏教に関する内容である。チベット仏教と言えば、まず、ダライラマが頭に思い浮かぶだろうが、チベット仏教の内容となれば、日本人は、なかなか理解できないところがある。この本は、西洋人の視点から、本来、オカルト的な密宗を、精神医学的解釈を加え説明している。

 著者のRob Preeceはイギリス人で、17歳のとき、工場で仕事を始めたが、機械のような仕事に適応できなく、世界各地を旅行し、自己探しを始める。1973年からチベットで、修行を始める。その後帰国し、心理学学科を卒業。1987年から、心理カウンセラーとなる。

 この本を読む前に、たくさんの修行に関する本を見てきた。特に、居住地区が台湾なため、台湾の禅を中心とした本を多く読んできた。台湾と言えば、民間宗教は道教である。道教とは、日本の神道のようなもので、いろいろな精霊が神として祭られる。一番有名なのは馬祖だ。馬祖はもともと福建省で生まれた海の神である。日本も昔、平清盛の時代、海に鳥居が建てられ、祭られた。当時、福建省の海賊と日本の海賊は手を結んでいると言われたほど、海の産業は盛んだった。説明すると長くなるが、こういう民間宗教は、ほとんど霊の力を借りている。従って、宗教関係の本となると、必ず霊の世界に接触しなければならない。それも、説明なしに、そういう修行方法を紹介される。「榮格與密宗的29個覺」は、そういうオカルト的な部分を、できる限り、人間性の構造をあげて、説明をしている。

 心に残った言葉:

(1)仏教におけるスピリチュアルは、その場その場を覚醒していること。カウンセリングにおけるスピリチュアルとは、神と人間を分けるような二分法の中で、神に値する部分。ゆえに、西洋人にとって、人間とはいくらがんばっても完璧になれない存在。

(2)仏教修行は、無意識の影を治療することはできない。なぜなら、仏教では人は生まれつき覚醒しながら生きる能力があると考える。一方、カウンセリングでは、人間が生きてきた過程を重視し、その過程で押さえ込まれた願望である無意識を治療することを重視する。

 座禅をしたことがある人ならわかるだろうが、座禅は人の混沌とした思想を排除し、五感をはっきりと意識させ、世界を連結させて考えさせる能力を身につけさせる。その能力を中国語で「慧」と呼ぶが、「慧」は上述したように、神秘的な現象ではない。「慧」を身に着けたって、その個人の無意識の影は、取り払うことができない。例を挙げると、幼少のころ、親に性的虐待をうけたことのある児童は、生存するために記憶を隠してしまう。その影は、隠されただけで、成人すれば知らず知らずにうちに顕著になってくる。仏教はこのような影を治療することはできない。性的虐待は少し顕著すぎる例だが、もっと一般的な例を挙げてみると、ピーターパン症候群なども治療の難しい無意識の影だ。

(3)修行にのめりこむそれ自身は固執である。たくさんの西洋人は、「無我」や「空」の思想を、自己を捨てることであると考える。実はこれは、たいていのお坊さんも同じ思想である。仏教を信じる人は、全ての財産を寺に寄付することで、金銭に対する固執を捨てなければならない。また、既婚者は離婚しなければならない。出家以降、如何なる性行為もしてはいけない。これは、自我欲を捨てるのではなく。心の片隅に隠し、無意識化することである。時がたてば、彼らはいわゆる変態になるだろう。カトリックの牧師やお坊さんがよく性的事件を起こすのはこのためである。ブッタの経典には、仏教の修行は世俗で行うのが良しとかかれている。寺に出家するのは、精神的変態か、袈裟を着て、社会における地位を獲得することを考えている者が多いと思われる。

(4)宗教は、使って捨てるもの。もし、お坊さんがこういったら、お金が儲からないので、あまり言う人はいないと思うが、ラジニーシオーショや創巴仁波切などは、素直に述べている。金鋼経にも同様のことが述べられている。たくさんの宗教信者は、宗教を信じてたくさん学んだはずだ。しかし、個々の人間はそれぞれ違った成長を経ている。従って、心のそこで、何か一体化できないものがあるのは当然のことだ。それが爆発するまで、人はその宗教団体で誠実な信者であろうと努力する。それ自体は、固執であるが、宗教とは、人間の核心的な存在で、それ自身を否定することは、生命をも否定することに等しい。ゆえに、たくさんの信者は否定したときに、死を選ぶ。あるいは、一生心の闇を抱え、宗教団体の奴隷となる。わたしはそういう人たちをたくさん見てきた。そういう人たちは、精神的な病気や、癌など致命的な病気を抱えてしまう。

 この本の著者自身、仏教徒であり、仏教を信じることの落とし穴をよく知っている。それを説明してくれた、初めての本だと思う。